

冬が訪れるころ
式根の磯に
エビ網がかかる
エビ網漁は月の満ち欠け

1889年(明治22年)の開島以来、いや、その前の無人島時代から、リアス式海岸の磯に恵まれた式根島は伊勢海老の好漁地でした。漁法は、日中にエビ網を磯際の海底に置き、翌朝、巻き上げる刺し網漁です。
海老の王様こと伊勢海老は、 立派な長い髭(ひげ)と、腰の曲がった姿が長寿を連想させ、飛び出した目が「目出たい」縁起物として、我が国ではおせち料理や祝いの宴に重用されてきました。市場の相場は時期にもよりますが、500gなら1匹1万円~の高級食材です。






黒潮洗う式根島の澄んだ海で育った伊勢海老の味わいは、引き締まった身がプリプリして、旨味甘味が濃厚。高評価を得ています。
式根島における伊勢海老の漁は、例年、産卵が終わった11月下旬頃からスタートします。伊勢海老は夜行性の生物で、昼間は岩穴に潜み、夜の闇にまぎれて捕食活動を行います。月夜が明るい晩は動かず、網にかからないため、漁師たちは出漁のタイミングを月の満ち欠けに基づいて判断し、満月の前後4日の計8日間は漁をしません。
伊勢海老の漁は刺し網漁で行います。刺し網漁とは、横に長い網を海中に壁のように張り、獲物が網にからまる(刺さる)ことで捕獲する漁法です。漁師は、伊勢海老が日中隠れている磯やテトラまわり、桟橋付近を選び、海底まで網を落として垂直に設置していきます。

さて、漁期に入って
初めてエビ網を仕掛けることを「口開け」と呼びます。
式根島の今年の口開けを追ってみましょう。
一日目
エビ網を仕掛ける
穏やかな凪に恵まれた足付漁港。
一昔前は、40隻を超える船が伊勢海老漁に出ていましたが、今年は3隻です。それでも、初漁となれば、漁師たちは変わらぬ気合で臨みます。

取材協力
式根島漁師 百井 三亀男さん
HYAKUI MIKIO, The Shikinejima fisherman.
大学卒業後、進路に迷った結果、苦労をさせたくなかった父親の反対を押し切って式根島に戻り、漁師となる。
現在は、夏期のタカベをメインに、アカイカや伊勢海老など式根島に息づく伝統漁を行っている。

潮の調子に合わせて
船を繰り、網を流し
晩秋の高い青空の下、足付漁港から滑り出すように3隻の小型漁船が出発しました。
エビ網は、磯やテトラポット、伊勢海老の住処の穴がある堤防の際に沈めます。式根島では、どの漁師がどの漁場に網を置くかは、くじ引きで公平に決めるしきたりです。
今回は、足付桟橋とその周囲の磯に網を仕掛けることになりました。漁は、操船担当とエビ網を出し入れする2人で息を合わせて行います。
エビ網は、海中の視認性が低い赤茶色で、上部に浮き、下部におもりを差し込んだロープを通して、カーテン状に立つ仕組みです。このエビ網の展開距離を稼ぐため、潮の流れに合わせて、なめらかに網を落としていきます。その様子を見ながらスピードを合わせ、船体を水平に保つ操船技術がポイントとなります。



約1時間半で7カゴ分の網を仕掛けたところで今日は終了。早く寝て明日に備えます。
二日目
エビ網を上げる

夜明けとともに
エビ網をたぐる
暗いうちから船に乗り込み、昨日仕掛けたエビ網の引き上げに向かいます。
船が漁場についたら、まず、カギのついた棒で、目印のウキとロープを手繰りよせます。それを、電動のネットローラーにあてがい、慎重に巻き上げていきます。
この年を占う初網の一本目。祈るような思いで網を見つめます。
やがて、1匹目の伊勢海老が現れ、2匹、3匹と続きました。ホッとした空気が漂いますが、大事な商品である伊勢海老に傷をつけないよう、緊張の作業が続きます。
磯で暮らす魚や貝、バンバエビやカニ類に交じって、サメやエイ、海亀など大型の生き物がかかることもありますが、その場ですぐ逃がしてやります。





エビ網をさらける
さて、ここからは大忙しです。
引き上げた網は、漁港に停めておいた軽トラックに載せて作業場へ運び、伊勢海老を網から外す「さらける」作業にかかります。カギ状の道具で、少しずつ網を引っ張りながら、複雑な形状の伊勢海老を網から抜いていきます。足や触覚を折ったり、目が取れると、商品価値が下がってしまうので細心の注意が必要です。
「伊勢海老が入った方向がわかれば、パズルのように網を外せるので、頭を使って面白いのよ」と、東京本土から式根に嫁いで40年余りの奥さまが教えてくれました。
この作業の様子を1987年発行の式根島開島百年史ではこう説明しています。
十二月の初頭のころになると、エビ網のシーズンである。エビ網の始まるのが楽しみであった。
イセエビのほかにいろいろな物がかかり、さらけるのを手伝うといろいろもらえるからである。カシカメ(ブダイ)・ササヨ(イスズミ、ニベ)・エース(メジナ)・カリキン(ニザダイ)、カサゴやアカハタ、ヒゲデイ(ホウライヒメジ)・キタッパ(タカノハダイ)・マガニ(ショウジンガニ)・バンバエビ(ゾウリエビ)、貝類では、ケイッポ、トリッポ(ホラガイ・ホウシュウボラ・カコボラ・イトマキボラ)・オサダ(ギンタカハマ)といった具合に網にかかってくる。
その時のあんばいで、欲しい物をもらって来る。中でもカシカメ、エース、ハタ類、カニ、エビ類、貝類は上物である。魚類とアシタバを入れた味噌汁は、つっこし汁といわれ、またカニ汁やエビ汁も島の珍味である。貝類はしょう油焼や椿油のテンプラが美味である。
引用元:式根島開島百年史/式根島開島百年を記念する会編 新島本村, 1987.5
引き上げたエビ網から獲物を外す作業が、島民にとって待ち望むほどの楽しみであったことが伝わってきます。
今回、目にしたのは、ブダイ、イスズミ、メジナ、ニザダイ、カサゴ、タカノハダイ、タカセガイ、バンバエビなど。昔と変わらぬラインナップのようですが、大きな変化があります。それは、エビ網に海藻がかからないこと。昔は、エビ網をさらったあとは、大量の海藻のはき掃除をしなくてはいけませんでした。それが今では、全くついていません。黒潮大蛇行の影響なのか、近年は高水温が続き、式根島の海の磯焼けは深刻です。伊勢海老の生息域の変化による不漁も問題視されています。
黒潮が平常化して水温が下がることで、豊かな海藻の海が戻ることを島民は願っています。海藻が戻れば、貝や伊勢海老、カニが増え、魚も増えるはずです。かつては、採れ過ぎて干す場所に困ったと言われる天草やヒジキ、拾い歩くほどのサザエやとこぶしが戻る日は来るのでしょうか。




やっとの思いで外した伊勢海老は、鮮度第一で漁協に運びます。その他のものは自家消費に回し、食べない魚は、式根島伝統の魚の発酵肥料「どぶ」の材料として、畑を持つ人に分けてしまいます。命は無駄になりません。
そして、漁協から戻ったら、刺し網に開いた穴や破れを補修し、再び網を掛けに行きます。

これが、式根の刺し網漁師の一日です。
どこかで式根島産の伊勢海老と出会ったら、ぜひお味見いただければ嬉しいです!
式根島の伊勢海老漁を見てみたい方へ
以下の条件に当てはまる日は、足つき桟橋(式根島港)付近で伊勢海老漁が見られる可能性があります。
- 11月下旬から2月くらいまで
- 満月の前後4日の8日間を除く
- 正月を除く
- カンナンボウシ(1月24日)の日を除く
- 風やうねりが強すぎない日
- 網をかけるのは昼前後、網をあげるのは夜明け頃
こんな風景が見られます
[重要]いつ出漁するかは、それぞれの漁師が海況を見て前夜に決めています。観光目的の漁ではありません。
- 最後に:
式根島では伊勢海老など漁業権が設定されている生物の捕獲は禁止されています。
イセエビ、トコブシ、サザエ、アワビ、海藻、その他貝類などの採捕は密漁となり、処罰の対象です。密猟の罪は大変重く、新聞やメディアで実名報道されることもしばしばです。万一、イセエビなどがかかったら、すぐ逃がしてください。また、お手数ですが密漁を見かけたら、直ちに以下にご連絡ください。
にいじま漁業協同組合 式根島事業所(旧:式根島漁協)
TEL 04992-7-0006
新島村役場 産業観光課 水産係:
TEL 04992-5-0284(内線215)
新島警察署
TEL 04992-5-0381(署代表)
