山芋は、掘ったりったり配ったり

 式根島の自然薯名人のおはなし 

遠くに見える富士山がほんのり雪化粧する頃。秋たけなわの式根島で、知る人ぞ知る御馳走が自然薯です。

自然薯とはヤマノイモ科ヤマノイモ属のつる性多年草。学名Dioscorea japonicajaponicaを冠す日本固有の希少な山芋で、古来より山野に自生しています。一方、同じく山芋と呼ばれる長芋や大和芋(つくねいも)は大陸から渡来した系統で、自然薯とは別の種類となります。

自然薯は栄養価が高く、滋養強壮食として珍重されてきました。しかし、誰もが食べられるものではありません。自然薯は、地中1メートル以上の深さに達することも珍しくなく、折らずに掘り取るだけでも大変な体力と技術と根気が必要です。しかも、木の根や石に当たれば、芋は複雑に曲がりくねったり、分岐して成長してしまいます。

ところが、式根島の火山由来の砂質土壌は水はけがよく、地中に埋まる木の根や石も少なめ。イモ類の生育適地となり、まっすぐ伸びた素直な自然薯が育ちます。

そんな式根島に、自然薯掘りの名人がいます。今回は名人の自然薯掘りに同行してみましょう。

名人の自然薯掘りは、ツル探しから始まります。

天を見上げて見つける樹上まで這いあがる太いツルを、名人は「天狗が上げる」といって「大物の証」としています。ツルにコブがあれば、コブのある自然薯。ツルが二股に分かれていれば、二股の自然薯。とのことで、良型の自然薯探しは良いツル探しといっても過言ではありません。

さて、目標を定めたら、まずは掘る向きを決め、周囲の余計な枝や草、根などを掃除します。

そして、自然薯のツルの起点より少し離れた場所を垂直に掘り下げ、繊細な自然薯に傷をつけないよう、「慎重に、かつ大胆に」と自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、周りの土を切り崩していきます。

芋がぐらつき、底に到達したのがわかったら、芋の上部のツルから10㎝くらい下のあたりから鎌でカットします。こうすれば、芋は残った場所から再生し、数年後、同じ場所で自然薯を採ることができるので資源が減りません。

掘りだした自然薯の隣には、しなびた自然薯がくっついています。これは、養分を新生芋に吸い取られてしぼみきった旧芋(親芋)の残骸です。その様子はまるで蛇の抜け殻。

掘り上げてからも、まだまだやることがあります。

自然薯はそのまま持ち帰ると折れてしまうので、適当な枝で作った添え木を当ててやります。紐は自然薯のツルを、絡みついた樹木から引きずり下ろして作ります。

こうして、次々に掘り上げた芋は全部で12本。うち1本は掘削中に農具が当たり、複雑骨折と相成りましたが、ずらりと並んだ11本が壮観です。あまりの見事さに桐箱に入れて飾りたくなります。

その晩は、みんなで集まって、自然薯パーティです。

香り爽やかな山椒の木のすりこぎで、自然薯を丁寧にすり下ろし、濃いめに作った味噌汁で伸ばします。

「自然薯を嫌いな人なんていない」と一同納得の山の幸。味の良さは言うまでもありません。名人、ありがとうございました!

ちなみに、名人は苦労して採った自然薯は、義理がある人にあげてしまって、自分は崩した芋くらいしか食べません。

「山芋は、掘ったり擂(す)ったり配ったり」とボヤく式根島の自然薯名人でした。


[オマケ]すり鉢に残るとろろを無駄にしないひだぶん女将

注意]式根島の山や土地は島民の私有地です。無断立入りや採取はできません。

[参考]新島村観光情報「新島村の食材」