去る1月24日の夜。伊豆諸島北部の多くの地域では、一年でもっとも静かな夜を迎えていました。その理由は、海難法師(日忌様ほか)と呼ばれる存在を畏れ、一斉に家に閉じこもる民間伝承があるからです。うっかり、外に出て、海から訪れる海難法師の姿をみてしまったら…!?

今回は、同じ新島村に属し、村営連絡船にしきで15分(約5km)の距離にある新島と式根島の24日の様子を、レポートいたします。

海難法師伝説の歴史的背景や各島ごとの違いについては、以下の『伊豆諸島に残る伝説「海難法師・日忌様・二十五日様・首様・明神様」と物忌みの風習』で詳しく解説しています。↓↓

それでは、まず、一年に一度の物忌みをやり過ごすために必要な準備から。

海難法師の日の準備

魔除けのトベラ

なにはなくとも、「トベラ」の枝が必要です。トベラは海洋気候の暖地に生える常緑低木で、名前の由来は「扉の木」。樹皮に独特のにおいがあり、扉に差して魔除けに使われてきました。伊豆諸島では島内各所に自生する身近な木で、庭に植えている家も少なくありません。海難法師の夜に備えて、必要な分を集めます。

揚げた餅

お正月の鏡餅を砕いて干したものを揚げて食べるのが基本ですが、現在は、餅なら何でもOKという感じになっています。医学的根拠はさておきながら、昔トイレが外にあった時代、餅を食べることで尿意をおさえることができ、夜に屋外に行かなくて済む、という理由で餅を食べる風習になったとか。

当日1月24日の様子

お待たせいたしました。それでは1月24日海難法師の日の様子をレポートします。まずは新島からです。

新島

昼間のうちに新島の集落を歩いてみると、トベラの枝を戸口に差している家は半分くらいに見えます。全戸ではありません。それでも、島民は口々に「今夜は外に出られない」と言い合っています。なかには「仕方ないから昼から飲むしかない」と飲食店で昼酒をあおる姿も。

ところで、トベラもおしゃれな建物に飾ると、まるでインテリアのように見えることに気づきました!

新島は式根島と違って飲食店が通年営業していますが、海難法師の夜は休業や早じまいが目立ちます。営業状況について変更が多く、観光案内所が当日に情報を整理して発信するのに追われております。

そして、夜ともなれば、通りに歩いている人はおらず(探せばいるでしょうが)ひとまず、静かな一夜を迎える新島でした。
なお、新島では、代々、海難法師を祀り、24日から25日にかけて、神事を厳粛に執り行う家系が現存しています。

式根島

続いて、魔除けのトベラ率がなかなか高い式根島です。玄関や窓など、外界と接続する場所に飾ります。近所の子どもがトベラを戸口に差しに来てくれる昔ながらの風景が残っているようです。

昔と違うのは、戸袋がサッシになったこと。仕方なく養生テープの出番で風情にやや欠けますが、魔除けの効果は変わりません。

なお、式根島はもともとオフシーズンの夜は飲食店がほとんどやっていないので、その点は日常のままです。

式根島観光協会SNSのこの日の話題はこんな感じです↓

というわけで、式根島のほとんどの島民は、自宅でおとなしく(一杯か‟いっぱい”やって)餅を食べて早く寝たはずです。

なかには、95歳のバァに「早く電気を消して寝なさい!」と叱られた不謹慎な面々がいたとかいないとか

最後に

「海難法師の日は海が荒れ、海難法師が上陸する夜中にいったん風が止んで静かになって凪る」という説が信じられていますが、今年の24日、25日は終始、爆風でした。大型客船、貨物船、下田船が全て欠航。新島と式根島を結ぶ連絡船にしきは1便を除いて欠航です。新島空港発着の飛行機以外は、動きが取れませんでした。

船以外のアクセスがない式根島は、完全に閉じ込められてしまった観光客の方々がいました。結果的に、希少な「地域を上げて行う、年に一度の物忌みの日」に巻き込まれてしまったわけですが、きっと貴重な体験になったことでしょう。

新島・式根島あたりは、海難法師の日でも、ほとんどの宿泊施設は営業しています。興味がある方は、1月24日に滞在し、東京の離島に残る貴重な伝承文化に立ち会ってみてはいかがでしょうか。

ただし、くれぐれも夜は外に出ないように…。

山ちゃんに似ている