黒潮のただなかにある式根島の海は、夏季には30mに達する透明度、火山活動が産んだ複雑でダイナミックな地形に暮らす生物の多様性、そして、最大の特徴となる海中に湧く温泉など、個性豊かなダイビングスポットです。島の周囲に素晴らしいポイントが点在し、ボート移動も5分からと短時間。何十年も通い続けるダイバーが珍しくありません。

式根島の海中温泉のCO2シープ

そんな式根島の2カ所の海底(御釜湾・足付海岸)で、2015年、筑波大学下田臨海実験センターの研究グループがCO2シープを発見しました。CO2シープとは、CO2(二酸化炭素)がseep(滲み出る)場所のことで、式根島のCO2シープは、周辺の火山活動により海底から湧き出す海中温泉の噴出孔に伴うものとなります。広大な海の底のこと。当時、世界では4例目、太平洋の温帯域では初めての発見でした。

※その後、CO2シープは各地で発見が続いています。

御釜湾展望台からアシカ穴や御釜湾を望む

式根島は、その時から「CO2シープ」がすぐそばにある便利な調査実験地として、世界中から注目されることになりました。

YOUTUBEにアップされた「音のソノリティ#1048 『式根島の海中温泉』」で式根島の海中温泉のCO2シープと、有名な湯浴みを楽しむウミガメさんが見られます

100年後の未来の海とは

二酸化炭素を含んだ火山性のガスが地下水に溶け込んで酸性の温泉になることは珍しくありませんが(いわゆる炭酸泉など)、海底から噴出したガスが溶け込み続けて局所的に酸性化が進む海を、身近に観察できる環境は貴重です。

さて、人間のCO2排出による環境問題が叫ばれて久しい現代。関連して、海洋で問題になっているのが海の温暖化」「酸性化」「貧酸素化の3つです。このセットは海洋環境問題を語るキーワード「死のトリオ」(Deadly Trio)として定着しました。

海水が酸性化するとどうなるのか?

その答えのヒントが、別の理由とはいえ、同じCO2によって局所的に酸性化する式根島の海にあります。

本来、pH8.1程度の弱アルカリ性の海水が、このCO2シープがある海中温泉付近では、pH7.8の中性です。少しの違いに感じるかもしれませんが、大きな海藻が生えず、貝や珊瑚など炭酸カルシウムの殻や骨格を作り出す石灰化生物が住めません。そして、代わりに二酸化炭素を好む微細な藻類がマット状に付着して広がっています。ウミガメがのんびりと湯浴みをする姿は愛らしいですが、サンゴや大型海藻の生える環境に暮らす底生生物や魚種が減り、多様性に乏しい色褪せた海です。研究チームは、現在のペースで酸性化が進んだ場合の100年後の海の姿と推測しています。

この色彩を失った姿が、CO2排出問題とリンクする「未来の海」だとしたら?

問題意識を元に、さまざまな研究が世界中で進められています。

一方、海中温泉のエリアから離れれば、次第に二酸化炭素の濃度が下がっていき、流紋岩の白砂に輝く珊瑚がゆらめき、カラフルな熱帯魚が舞い、大型回遊魚が悠々と泳ぐ式根島ならではの光景が広がっています。

「未来の海」から「現代の海」へ。

そのコントラストを、一般人が手軽なダイビングを通して見比べられることは、世界的にも珍しい式根島の魅力といっていいでしょう。

ぜひ、機会があったら、式根島のダイビングサービスやツアーを利用し、私達を待ち受ける「未来の海」を抱く式根島の海に潜ってみてはいかがでしょうか。

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